T.C.2011のできごと
ランク戦開始?
この年から入隊者がだいぶ増えているので、ランク戦が始まりA級・B級といった仕組みが整備されたのがこの頃だった可能性があります。

A級部隊という枠組みができたのが、本部基地ができて隊員がある程度増えてからなので、それ以前はA級というランクはありませんでした。総隊員数が3ケタを超えたぐらいからチームランク戦が始まり、当時は昇級試験もあったので、初期のA級隊員は今より面倒だったと思われます。
BBF質問箱DX:Q237より
第7話の木虎の説明によるとT.C.2013時点ではA級が約30名、B級が約100名、C級が400名以上という分布になっているようなので、総数を100名程度として同じピラミッド構造に換算するとA級5~6人、B級18~19人、C級75~76人くらいの規模感で「総隊員数が3ケタ」をクリアすることになります。
分布域は当時とは異なっているでしょうけれども、T.C.2010に入隊して作中のT.C.2013.12月以降の時点でまだ訓練生という隊員はさすがにいないでしょうし、辞めていったりした隊員がいるにせよ、T.C.2010の規模感で100名超えしていたとすると当時のC級が現在のA級B級にもっと残っていなければ不自然かなという気がしますし、3ケタ超えしたのはこの年ではないかと予想しました。なお、T.C.2009.10~11月頃に風刃争奪戦があり迅がS級になっているので、A級という枠組み自体はT.C.2009のうちに出来ていたのではないでしょうか。
T.C.2011の入隊時期について
T.C.2011はBBFの入隊時期グラフで「2年くらい前」とされた隊員たちの入隊年になると思われます。BBFの入隊時期のグラフもこの年から明らかに規則性が見られるようになります。
では、そもそもボーダーにとって「入隊」はどのように定義されているのでしょうか。

3人分の入隊・転属用の書類だ (中略) 正式な入隊は保護者の書類が揃ってからだが
第21話:林藤のセリフより

ボーダー本部の「正式入隊日」っていうのが年3回あって 新入隊員が一斉にC級デビューする日なんだけど
第22話:宇佐美のセリフより
この話からすると、入隊希望の書類を揃えて提出し、それが受理された時点で正式に入隊したことになりそうですが、次のような話も出てきます。

いや 迅 おまえの後輩はまだ正式な隊員じゃないぞ 玉狛での入隊手続きが済んでても 正式入隊日を迎えるまでは 本部ではボーダー隊員と認めてない
第25話:太刀川のセリフより
書類の受理はあくまで玉狛支部での正式入隊であって、ボーダー本部としては正式入隊日を迎えるまでは仮入隊の扱いとしているようです。年に3回の正式入隊日が等間隔に設けられているとすると、遊真と千佳が入隊した1月以外には5月と9月に設定されていそうですが…?

今までどおりの4か月毎の入隊式じゃ捌き切れないから しばらくは毎月新規入隊を受け付けることになったんだ
第107話:時枝のセリフより
…との説明がありましたので、正式入隊は1月5月9月の年3回で確定と考えて良いでしょう。

仮入隊の間に高い素質を認められた者は ポイントが上乗せされてスタートする
第33話:嵐山のセリフより

本来ならば入隊式の前に仮入隊などで能力を見て その実力次第で個人ポイントが上乗せされることになっている
第159話:嵐山のセリフより
嵐山のこの説明と合わせて考えると、入隊希望の手続きが完了した時点で仮入隊、正式入隊日を迎えて一斉にC級隊員となることが正式入隊という扱いのようです。玉狛のような支部での入隊手続きでは、林藤支部長は正式入隊という言葉を使っているものの、本部の基準はそれとは関係なく正式入隊日を迎えない限り仮入隊の扱いは変わらないと考えて良いのではないでしょうか。
この基準を前提にするのであれば、BBFの入隊時期グラフは、入隊=本部の正式入隊日を迎えた、という意味で判断して良いのかもしれません。

2月の頭からいよいよランク戦が始まる
第86話:林藤のセリフより
作中で明言されてはいないものの、B級ランク戦のインターバルは正式入隊の月に合わせてあり、そこで新人のスカウトやチーム編成を行い、次のシーズンを迎えるというスケジュールになっているものと思われます。
これらのことから、T.C.2011以降の入隊は、毎年1月・5月・9月の年3回、正式入隊日が設定されていると考えて良いのではないでしょうか。
T.C.2011に入隊した隊員
BBFのグラフと、上記の入隊時期を照合するとおそらく次のような入隊時期になるのではないかと思います。
5月入隊
米屋、犬飼、当真、荒船、穂刈、香取、三浦、若村、染井、仁礼
9月入隊
奈良坂、菊地原、歌川、半崎、熊谷、照屋、巴、氷見
そもそもBBFのグラフが、どの時点を基準に「〇年前」と表現しているのか明確ではないため、例えば米屋たちがT.C.2011の1月入隊だったり、9月入隊だったりと考えることも可能なのですが、奈良坂と菊地原および照屋と巴の入隊時期から時期を特定することが可能です。

ボーダーランク個人総合9位 風間 蒼也(19)
オペレーター 宇佐美 栞(15)
訓練生 歌川 遼(14)
第56話:プロフィールより
風間はT.C.1992.9.24生まれですので、T.C.2011.9.24に19才になり、T.C.2012.9.24で20才になります。
宇佐美はT.C.1996.4.27生まれですので、T.C.2011.4.27に15才になり、T.C.2012.4.27で16才になります。
歌川はT.C.1997.6.10生まれですので、T.C.2011.6.10に14才になり、T.C.2012.6.10で15才になります。
従って3人の年齢が上記の組み合わせとなる期間は、T.C.2011.9.24~T.C.2012.4.26と限定できるため、56話の回想シーンはこの期間内であることがまず確定します。
この回想では菊地原の聴覚がサイドエフェクト認定され、それを聞きつけた風間がスカウトした様子が描かれていました。歌川は既に風間隊入隊に内諾済みのようです。(BBFによると宇佐美がスカウトしてきたらしい。)

正隊員になったら俺の作る部隊に来い おまえの力が必要だ
第56話:風間のセリフより
菊地原は私服ですが、同期入隊と思われる歌川は学校の制服姿。2人とも訓練生のようですので、入隊後の検査で菊地原の聴覚に異常があり、サイドエフェクトであることが判明した、といった場面だったのかもしれません。
この期間での正式入隊日の候補としては、T.C.2011.9月に入隊して9.24に風間が19才になった後の話、というパターンか、T.C.2012.1月に入隊して4.27に宇佐美が16才になる前の話、の2つの時期が考えられます。
続いて照屋と巴の入隊時期も見てみましょう。

柿崎さん 2年くらい前にテレビ出てましたよね?
第142話:照屋のセリフより
142話についてはボーダー本部基地の完成時期の考察で触れましたが、今回は柿崎が嵐山隊から独立し、柿崎隊を結成した際の回想シーンになります。照屋の言うテレビとは嵐山と柿崎が出演した広報イベントを指しており、T.C.2010.2月前後の出来事です。それを2年くらい前と言っているため柿崎隊の結成はT.C.2012.1~3月頃と考えて良いでしょう。

奈良坂や歌川と新人王を争った俊才 照屋文香
ボーダー唯一(当時)の小学生隊員 巴虎太郎
[新人王]新入隊員でその期に一番個人ポイントを上げた隊員
第142話:柿崎の回想内のテロップより
柿崎の回想ですが、「新人王を争った」と過去形になっているため、入隊後のシーズンの途中ではなくシーズンが終了した後で隊員募集に応募してきたことになります。
「新入隊員」の定義が不明ではありますが、次の正式入隊日に新たな新入隊員が入隊してくるまでは確実に新人扱いでしょうから、おそらく1月入隊なら2~4月が、5月入隊なら6~8月、9月入隊なら10~12月がそれぞれ新入隊員としての期間になるものと思われます。
この期間の個人ポイントで新人王が争われ、また、4000ポイント以上となってB級に上がっていると、晴れてチームが組めて翌シーズンからのB級ランク戦にも参加できるのではないでしょうか。(シーズン中でもチームは組めるでしょうが、新チームがランク戦に途中参加するのは無理なのではないかと思います。一方、正隊員になっていれば既存のチームへの途中加入は割と自由なようです。)

部隊の戦闘員は4人までOK ランク戦シーズン中の加入・脱退も認められてるよ
第116話:宇佐美のセリフより
…となると、柿崎隊の結成が1~3月と予想されるのであれば、照屋の入隊は9月の可能性が高そうです。9月に入隊し、10~12月のシーズンで新人王争いをし、1月のオフシーズンの隊員募集で柿崎隊が結成という流れでしょうか。柿崎の性格からすると、B級ランク戦への参戦を急がずチームとしての基礎固めをしてからランク戦に参加しそうでもありますので、T.C.2012.2~4月のシーズンはまだB級ランク戦は不参加かもしれません。
一方、巴の小学校卒業はT.C.2012.3月下旬となりますので、それ以前でなければ「唯一の小学生隊員」が成り立ちません。仮に巴をT.C.2012年1月入隊と考えると、2~4月のシーズン中に柿崎隊の募集・結成が来てしまいますので、照屋の「新人王を争った」と矛盾してしまうことから、やはりこのことからも、照屋と巴は9月入隊と考えるべきでしょう。
なお、オペレーターの宇井に14才のテロップがありますが、T.C.1997.4.26の誕生日から計算される、T.C.2011.4.26~T.C.2012.4.25の期間とも合致します。
念のため、9月よりさらに前の入隊の可能性についても考えてみます。
照屋たちをT.C.2011.5月入隊とした場合ですが、この場合はオフシーズンが9月となり、この時点で柿崎隊に応募していることになると、広報イベントがT.C.2012.2月前後ですので「2年くらい前」ではなく「1年半くらい前」の表現になるはず。
「2年くらい前」となるT.C.2012.1~3月頃まで待って柿崎隊に応募してきたという可能性もゼロではないかもしれませんが、新人王を争うくらいなので、間違いなくシーズン中にB級に上がっているでしょうし、フリーであればどこかのチームから勧誘がきていたことでしょう。
チームに入らずに次のシーズンを過ごし(あるいは別のチームに1シーズンだけ所属して抜けるか解散して)、それからタイミング良く独立した柿崎の隊員募集に応募してくるというのは可能性として完全に否定はできないものの、やや無理がありそうな印象です。
以上より、照屋と虎太郎の入隊時期はT.C.2011.9月と断定して良いのではないかと思います。つまり同期の奈良坂や歌川たちも同じ9月入隊。となると、その1期前の米屋たちは5月入隊ではないでしょうか。
T.C.2011結成の可能性のある部隊
太刀川隊(初期)と諏訪隊
T.C.2010のページで考察しましたが、国近と小佐野の入隊時期がT.C.2011.3月~4月頃とすると太刀川隊と諏訪隊の結成もこの年になると考えられます。
風間隊
風間隊では隊長の風間が現ボーダー発足時のT.C.2009入隊、宇佐美が翌T.C.2010の入隊です。
T.C.2011.10月頃に風間と宇佐美が菊地原と歌川をスカウト、T.C.2012.1月までには結成され、T.C.2012.2~4月のシーズンからチームランク戦に参戦したのではないかと予想します。

当時開発された隠密トリガー「カメレオン」(中略)目だけでなく耳で相手を捕らえられる風間隊は 他の追随を許さない圧倒的な勝率で チームランキングを駆け上がった
第56話:テロップより

玉狛第二はデビューしたばっかの新人だぞ?そんな自分を追い込むことないだろ そもそも結成直後でAに上がる隊なんてめったにいない
第116話:迅のセリフより
A級に昇格したチームについての描写はあまり多くないので断定はできませんが、もしかすると結成して即A級昇格した、めったにないチームのひとつが風間隊なのかもしれません。その場合はT.C.2012.2~4月のシーズンで無双して5月のオフシーズンで昇格でしょうか。
そこから本編のT.C.2013.12月までの約1年半でA級3位まで順位を上げてきたことになります。風間の入隊から風間隊の結成まで約2年の期間が空いていますが、この間は何をしていたのでしょうか。理想とするチームに叶う人材を厳選してなかなか部隊結成には至らなかったのかも?
なお、宇佐美はT.C.2012.10~11月頃に玉狛支部に転属し、後任オペレーターが同期入隊の三上に託されています。三上もこの期間について不明ですが、2年近くずっと中央オペだったのでしょうか?他のチームでオペレーターをしていたことがあった可能性もありそうではあるものの、これまでのところそれを伺わせる描写が皆無であることからすると、入隊からずっと中央オペレーター勤務だったと考えて良いかもしれません。
冬島隊
真木の入隊時期が不明ですが、隊の結成についてはなぜかエピソードが豊富な冬島隊。結成の経緯は次のとおりです。

元々エンジニアとして入隊したが、現オペレーターの真木理佐にスカウトされ現場職へ。女子高生には逆らえない29歳。
JC9巻:カバー下の解説より

Q.冬島さんはオペレーターの真木理佐にスカウトされて現場職になったようですが、当真さんはどんな経緯で入隊したんでしょうか?
A.チームを組むつもりもなく日々だらだらしていたら、当時中学生の真木理佐に『働け』と怒られ、なんだか愉快になってチームを組みました。そのあと、冬島さんが加入。
BBF質問箱DX:Q63より
真木の生年月日はT.C.1997.3.1のため、中学卒業はT.C.2012.3月。当真と真木がチームを組んだのは当真が入隊したT.C.2011.5月から、真木が中学を卒業するT.C.2012.3月の期間のどこかということになります。実際にはT.C.2011.6~8月が当真の新人シーズンにあたるため、チーム結成は9月以降ではないでしょうか。「日々だらだらしていた」のがどれくらいの期間になるのかは不明なものの、次のオフシーズンとなるT.C.2012.1月の結成の可能性もゼロではないでしょう。
いずれにせよ、結成から約2年ほどでボーダーのトップチームとして遠征に帯同される部隊になったことになります。
三輪隊
三輪と月見は現ボーダー発足当初の入隊ですが、第1期東隊の解散後に三輪隊を結成しています。奈良坂まで含めて4人で結成したのか、3人で結成して奈良坂を加えたのかは明言されていません。

Q.旧東隊解散後、どういった経緯で今の三輪隊が結成されたのですか?
A.三輪を心配した月見さんがついてきて、当時まだソロだった米屋と合流、狙撃手(東さんのポジション)を求めて他の部隊と奈良坂を取り合い、無事ゲットしました。古寺が加入したのはA級に上がった直後だった気がします。
JC27巻:質問コーナー㉖より
奈良坂はT.C.2011.9月入隊で同期の歌川や照屋と新人王を争ったとされています。照屋と異なり新人シーズン中に既に争奪戦になっていたかもしれませんが、遅くともT.C.2012.1月には三輪隊に入っているでしょう。一方、古寺はT.C.2012.1月の入隊です。新人シーズンを終えてT.C.2012.5月に三輪隊に加入したとすると三輪隊が結成してすぐにA級に昇格していたことになりますが…そんなにトントン拍子で昇級したのかな?という気もします。
BBFのデータによると古寺はトリオン能力は他の狙撃手と遜色はなく、攻撃・防御・機動もほぼ平均点。当真や奈良坂、絵馬といったトップクラスの狙撃手との明確な差は技術と射程です。二宮隊と影浦隊が降格したA級の中で6位という三輪隊の順位を考えると、実力的にはまだA級下位のチームということになりますから、古寺個人としてはA級ぎりぎりといったところなのでしょうか。そうすると、B級隊員だった当時の古寺が昇格争いを繰り広げていたであろう三輪隊に加入できるレベルに届くまでは、かなり時間がかかったのかもしれません。
二宮隊
鳩原の入隊時期が不明ですが、現在の二宮隊で最も入隊が遅いのは氷見のT.C.2011.9月です。オペなしで部隊は組めないので、いくら早くても氷見がオペの中央研修を終えてからの結成でしょう。オペの場合、新人シーズンはおそらく関係ないでしょうから、T.C.2011.10月~12月のシーズン中に結成していたかもしれません。

雨取ちゃんと同じだよ 弟くんが『むこう』に連れてかれたんだって 弟くんを捜しに行くため遠征選抜を目指してたけど メンバーには選ばれなかった
第178話:犬飼のセリフより
鳩原は犬飼や当真、荒船たちと同じ18歳組ではあるものの、近界民にさらわれた弟を探したいという入隊動機、スナイパーとしては東の弟子でありレイジの妹弟子にあたるということから考えると、入隊は早く同じ18歳組でも影浦や北添と同じ3年前入隊組ではないかという気がします。なので、鳩原も二宮隊の初期メンバーの1人だったのではないでしょうか。才能を認めた二宮がスカウトしていそうですよね。

Q.二宮さんと加古さんは「才能がある人」が好きな同士で分かり合えることはありますか?
A.二宮は「部隊を形作る一片」としての才能を重視している感じがして、加古さんは「個人で光を放つ」タイプの才能を求めているような感じがするので、あんまり話は合わないかもですね。
JC26巻:質問コーナー㉓より
加古隊
第1期東隊の三輪、二宮がほぼ同じ時期に新しい部隊を結成しているため、加古もこの時期に加古隊を結成したのかもしれません。黒江は後から加入という形のため、オペの小早川との2人部隊で結成と考えるよりは、加古、喜多川、小早川の3人でこの時期に結成したと考える方が素直でしょう。今後の情報公開に期待です。
第2期東隊
第1期東隊の面々がこの年にそれぞれ新チームを結成していそうなことを考えると、東も同様に新部隊を作っていてもおかしくありません。第2期東隊のメンバーは東、片桐、雪丸、結束です。

同部隊の片桐・雪丸と共に、第2期東隊で鍛えられた東塾卒業生。
JC20巻:カバー下の解説より
桃園は遅れて加入したということなので、一応第2期東隊のメンバーに入ると思われます。一方、尼倉は片桐隊が独立してからの加入とのことなのでメンバー外。
これらの情報からすると、片桐・雪丸・結束は米屋たちと同期のT.C.2011.5月入隊で、結成が9月でしょうか。桃園が1期遅れて9月入隊のT.C.2012.1月加入?桃園が入って割とすぐにA級に上がったとのことですから、T.C.2012.2~4月のシーズンで挑戦権を得てA級に昇格した可能性がありそうです。
影浦隊
影浦と北添はT.C.2010の入隊(北添は2011の可能性あり)、仁礼がT.C.2011.5月の入隊です。従って、仁礼のオペ中央研修が終わった時点で部隊が結成できた可能性があります。さすがに5月中の結成は早すぎると思いますし、そもそもこの年の5月入隊者から隊員が増えてきたことでランク戦が整えられたという流れのためこの年の6~8月はまだランク戦は行われていないのではないでしょうか。そう考えると影浦隊は9月までに結成して10月からのシーズンでランク戦が開幕して参戦したという時系列で考えた方が自然かなという気がします。

A級6位まで上がったこともある 二宮隊と並んで不動のB級2トップだ (中略) 太刀川さんと風間さんとカゲ あとあんまり勝負したことないけど 小南 オレが勝ち越せてない攻撃手はその4人だけだ
第108話:村上のセリフより
影浦隊が処分によりB級に降格したのはT.C.2013.5月ですので、T.C.2011.10~12月とT.C.2012.2~4月、6~8月、10~12月、T.C.2013.2~4月の5シーズンのどこかでA級6位まで上り詰めていたことになりそうです。
レイガストの開発
攻撃手用のトリガーでありながら、防御面を重視したレイガスト。
こちらはチーフエンジニアのひとり、寺島雷蔵による開発であることが判明しています。

ラボでの専門は「トリオン反応によって生じる衝撃波の観測と制御」で、レイガスト・スラスター以外にメテオラの開発・改良も担当している。トリオン兵の開発にも興味があり、(以下略)
JC17巻:カバー下の解説より

Q.レイガストの開発時期および開発エピソードを教えてください。
A.当時トップクラスの孤月使いだった寺島雷蔵(18)が、弾丸トリガーの強化と流行にムカついてエンジニアに転向、対・弾丸トリガー用のブレードとして、シールドとスコーピオンをベースにして開発したのがレイガストです。
BBF質問箱DX:Q155より
雷蔵の誕生日はT.C.1992.11.5ですから、18才の期間となるとT.C.2010.11.5~T.C.2011.11.4の1年間。スコーピオンの開発時期がT.C.2010の遅めの時期という予想ですから、スコーピオンの可変機能の技術がレイガストにフィードバックされているとすると、スコーピオンが出回ってある程度経ってからの開発だったのかもしれません。弾丸トリガーの強化と流行というのも、前年あたりに開発されたと思われるハウンドやバイパーを指すのではないでしょうか。そこでレイガストの開発と実装はT.C.2011と予想してみました。

6位っていまだれ?
第160話:小南のセリフより

雪丸か生駒さんあたりですね
第160話:烏丸のセリフより
レイガストの使い手はかなり少ないのですが、PARのレイジが採用していたり、村上(4位)や雪丸(6位前後)が攻撃手ランキングで上位の戦績を残しているためポテンシャルの高さが窺えます。とはいえ取り回しの難しさから人気は低いようで、堅牢な防御力という強みもシールドトリガーの技術進化により大きなアドバンテージはとれていない様子です。

それに今はシールドの性能が上がってるから 昔よりは攻撃手が近づきやすくなってる
第107話:嵐山のセリフより
弾丸トリガーの強化と流行に対してシールドも性能強化によって対策が図られたという経緯になるようですから、この年にシールドの性能向上も進んだのではないでしょうか。
なお、雷蔵が開発したとされるメテオラですが、エンジニア転向の経緯からレイガストの開発が終わってからメテオラに取り掛かったと考えられます。攻撃範囲が広い代わりに攻撃力自体はアステロイドに劣るメテオラは、直接相手を狙うというより置き玉のように使って相手のガードの範囲外から攻撃を仕掛けたり、シールドを広げさせるなど相手を動かすために使われたり、障害物を破壊したり射線を通すためなど場の環境を変える目的で使われたりといった運用の多いトリガーです。ランク戦が深化するにつれて要望が高まり開発に至ったとすると早ければこの年のうちに、遅くとも翌年には実装に至っていたのではないでしょうか。
ヒュースにランビリスが与えられる
アフトクラトルの強化トリガーですが、作中ではどの程度の扱いかまだ判明していません。基本的にはトリガー角を前提に運用するトリガーのように描かれているため、並のトリオン能力者では扱いきれない出力をもったトリガーなのでしょう。

やはり腕が鈍ってるな しっかりしろ 8つの頃から14で「蝶の盾」を手にするまでずっと…… 誰に剣を習ったと思っている……!
第160話:ヒュースのモノローグより
攻撃手として育成されてきて中距離タイプのARのような戦闘スタイルのランビリスを与えられるというのもよくよく考えると不思議な人選ではありますが、アフトクラトルでも最新鋭のトリガーという扱いのようなのでまだこれから発展していくトリガーなのかもしれません。

「蝶の盾」は本国に戻れれば予備がある
第124話:ヒュースのモノローグより
さすがに黒トリガーほどの希少性というわけではないようですが、予備を常に携帯できるほどの数は用意されていないようですから、手にすることができ使いこなすほど熟練した使い手になる者はアフトクラトルでもそういないのかもしれません。
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